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日本画 田中以知庵
田中以知庵(たなか いちあん)は1896年(明治26)に東京深川で生まれた日本画家で、身辺の自然をこよなく愛して風趣に富んだ作品を多く遺した。 16歳の頃に松本楓湖塾に入門、歴史画や山水など伝統的な画法を学ぶ。 同門の速水御舟とは親交を深くし、互いに影響を与え合った。 速水御舟は、庭で炊いていた焚火に蛾が集まってきた様子を描いた「炎舞」のように、当時としては珍しい昆虫を題材にしたものが多い。 そして田中以知庵は「蛙の以知庵さん」と呼び親しまれたほど、蛙や鮎、蜆、また鶺鴒、雀などの小禽類を多く描いている。 以知庵には大変一途なところがあり、入門したての頃に禅宗の建長寺釈宗活師から「咄哉(とっさい)」という画号をもらったのだが、その号の意味がさっぱり解らず、以後8年に渡って参禅したと言う。 しかも探究心はそれに留まらず、ついには南画研究と禅修行の為に、朝鮮半島に渡ったというほどである その後は川崎北部の里山に住み着き、身近な自然のなかにモチーフを求めていった。 昭和15年の文展で高い評価を得た大作「淨光」は風景画であるが、墨色を基調とした山肌を重厚な筆使いで表現し、稜線に現れたばかりの太陽とその柔らかな日差しのみに淡い色を使っていて、見るものに静謐な感動を与えてくれる。 住まいの近くの風景を描いたものには「奥秩父」があるが、桐の木の花が咲く昭和28年頃の秩父路を薪を背負って歩く年老いた母の姿と、その路沿いに娘への誕生祝に植えたであろう桐の木が立派に育って、箪笥を作るには十分な太さになって描かれていて、婚期を迎えた娘への母の愛情がひっそりと伝わって来る作品である。 また「水ぬるむ」では、散策した里山の路のほとりで見かけたのであろうか、雨上がりの道の水溜りで、ミヤマホオジロが水浴びをしている場面が描かれている。 まさに以知庵の真骨頂とも言うべき作品で、道端に咲く可憐なクサボケの花の緋色が美しい春の午後であり、水と戯れるミヤマホオジロを優しく見つめる以知庵の眼差しが感じられて、見る私たちの心までも癒してくれる。
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