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「楽焼[四代]_一入」
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楽焼[四代]_一入

楽焼[四代]_一入

 楽家の四代目は、利休百回忌とも相まって“回帰”の路線へ入ります。その時代を担った一入は、若い挑戦の時期と、晩年の侘びへの回帰、2つの作風を持つことで知られています。
 一入は、若い頃は父・道入の影響を強く受けた作品を残しています。ノンコウとも呼ばれ、新しい形を生み出してきた父の仕事は、若い感性の持ち主にとって魅力的だったのでしょう。作風も、父に倣って大ぶりでゆったりとしたものが多く見られます。それが、晩年に近づくにつれ徐々に初代長次郎の作風を意識したものに変わっていきます。利休百回忌を意識したものであり、同時に作風の確立と見ることもできるでしょう。晩年の作は若い頃からは一転、小ぶりで、腰にまろみを持たせながらも、高台がきりりと引き締まり、全体に美しい緊張感と優しさを感じさせます。
 一入の焼物における業績は、侘び回帰への模索の中で生まれた「朱釉(しゅぐすり)」が挙げられます。これは黒釉の中に五月雨のように朱が浮かび上がる技法で、変化の面白さもあり、多くの茶人に好まれています。また、茶碗の内側、底部の“見込み”に向けて作られる「茶筅ずり」を入れるようになったのも一入が最初と言われています。先代が考案した「五岳」も茶杓を置いて落ちないようにするという目的があったそうですが、景色や形の面白さの追求だけでなく、実利を求めた形を求める合理性が楽家の特長なのかもしれません。そのほか、作者が箱書をしたためる「共箱」も一入が始めたとされています。
 有名な作品に、黒楽茶碗銘・山里があります。丸みを持たせた腰ながら、胴の中ほどがくびれており、高台は小さいため、豊かな造形ながら、全体の印象は引き締まっています。朱釉が描く景色がことのほか面白みにあふれていますが、この茶碗の名を知らしめているのが、人物が描かれている点です。天秤棒とも槍とも言われる長い棒状のものを持った人物が胴を闊歩しています。具体的な事物を描くことのほとんどない楽茶碗ですが、ことに人物を描いたものはこの山里をおいてほかありません。