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古書 山岡鉄舟
幕末維新期に活躍した政治家、骨董買取・山岡鉄舟。学問は勿論、剣客としても非常に高名であり、堅実で真面目な人物であったと伝えられています。書の達人でもあり、その作品は現在でも非常に注目をされ続けられています。1836年の6月に木呂子村の知行主である小野朝右衛門高福の四男として江戸に生まれます。 幼少の頃より、久須美閑適斎より神陰流の剣術を学んでおり、飛騨郡代となった父に従っていました。幼少の頃は飛騨高山ですごすこととなり、弘法大師流入木道51世の岩佐一亭に書を学んでいます。そして、15歳という若さでありながら52世を受け継ぐこととなり、一楽斎の号で活動をしていきます。また、井上清虎より北辰一刀流剣術も学び、剣術者としても日々研鑽を続ける日々を送りました。 父がこの世を去った後は、講武所に入ることとなり、千葉周作らに剣術を習います。そして、山岡静山に忍心流槍術を学ぶ事となります。ここで、静山の妹である英子と結婚しており、山岡家の婿養子となるのです。江戸無血開城を決した勝海舟と西郷隆盛の会談があり、その後伝馬町の松崎屋源兵衛宅で西郷と面会をすることとなります。 海舟の手紙を渡し、西郷隆盛からの条件などを踏まえ、江戸無血開城がスムーズにすすむことになります。そして、明治維新が起こった後には、徳川家康に従っており、駿府に下っています。静岡藩藩政補翼となり、清水次郎長に「壮士之墓」を揮毫を与えています。1872年に宮中に出仕。侍従として明治天皇に仕えることとなります。 そんな山岡鉄舟ですが、剣術の道では瓶割刀・朱引太刀・卍の印を継承し、一刀正伝無刀流をひらきます。禅としても、三島・竜沢寺の星定和尚のもとに3年間足繁く参禅しており、箱根で大悟したことが知られています。 さらに、書においては、誰に頼まれた訳でなく作り続けていることで、生涯に100万枚という数を書き残した、と言われています。古書買取に関しても、山岡鉄舟の作品は高い評価を得ています。幕末の中心人物でもあった山岡鉄舟。彼の存在こそ、我が国に無くてはならない、確固たるものだったのでしょう。