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古書 天田愚庵

天田愚庵

 波乱の人生を歩んだ歌人、骨董買取・天田愚庵。
天田愚庵は、15歳の頃に起こった戊辰戦争で父と母、そして妹と生別し、当時の藩閥政治へ深い恨みを持ち、台湾まで足を運びました。この歩みは、生き別れになってしまった家族を探すたびでもありました。その後、彼は清水次郎長に紹介され、その養子となりましたが、明治17年に養父である清水次郎長が博徒狩りで収監されているにも関わらず、養子という立場を解消し、出家してしまいました。
 天田愚庵が手掛けた作品の中で最も有名であり、映画や芝居にもなったのが『東海遊侠伝』です。これは養父清水次郎長を助けるために書かれた作品で、実際の清水次郎長の性格や行動などを天田愚庵が手を加え、清水次郎長というキャラクターを作った作品でありました。それ故に、誇張されたキャラクターである『東海遊侠伝』の中での次郎長は強く、また弱い者には手を出さない正義のヤクザとして描かれています。この『東海遊侠伝』から派生していった作品群の中で清水次郎長の設定は徐々に誇張されていき、いつの間にか次郎長という存在は『東海遊侠伝』で描かれた以上のヒーローのようなキャラクターとして世に広まっていったのです。『東海遊侠伝』は、江戸時代当時のヤクザの社会を現代に伝えている作品でもあります。
 天田愚庵の人生は、まさに波乱万丈と呼ぶに相応しいものでした。戦争という激しい争いを体験し、また家族と離れ離れになった悲しみ、そしてその原因となったものに対しての憎しみ、さらにはヤクザの世界に触れるなど、天田愚庵は怒涛の人生の荒波の中を生きていきました。そんな彼が出家した理由は、維新の内戦で失われた命へ対する供養のためでした。戦争、そして家族と生別してしまった彼だからこそ、人々の魂を救おうと決意したのでしょう。養父を救おうと手掛けた『東海遊侠伝』は、天田愚庵の手さえ離れてその世界を広げていきました。その様子は、まるで波乱万丈の人生を歩んだ天田愚庵を投影したようなものだったのでしょう。