中村翠嵐の花入をご売却いただきました
中村翠嵐について
中村翠嵐という作家をご存知でしょうか?
色鮮やかな作品たちは、茶道の世界をより華やかに彩りました。
今回は2代目の中村翠嵐についてお話させていただきます。
・2代目中村翠嵐
京焼の作家で、本名は正機(まさき)と言います。
1942年京都に生まれ、高校卒業ののち父である初代・中村翠嵐に師事しました。
1972年に2代目を襲名し以降、精力的に日本内外で個展を開き、「現代の名工」として厚生労働大臣表彰も受けた人物です。
・交趾焼とは
交趾(こうち)には珍しいという意味があります。
古来の日本には無かった珍しい色彩(緑・黄・紫などの鉛釉でいろどった)の色鮮やかな小容器が交趾香合と呼ばれたのが名前の由来です。語源は南ベトナムがフランス支配を受けていた時代の地名のことを「コーチ」と呼んでいたことに由来します。
16世紀中期から日本とベトナムは盛んに貿易を行なっていました。その際「コーチ」の貿易船から来たものを「コーチもの」と言っていたそうです。そのコーチから届くものは珍しいものが多く、コーチを経由して日本に渡来したもの珍しいものを「コーチもの」と総称するようになりました。なので、この交趾香合はベトナム産であるという認識がされていました。
でも実はベトナムを経由して中国南部で焼かれた焼き物であったと後の研究でわかったので、歴史というのは面白いですね!
・翠嵐の魅力
その1:中村翠嵐の商標登録“交趾焼”
その伝統ある交趾焼の技術に他の要素を加えた作品を中村翠嵐は作り出しました。
宝尽くし、干支、鶴や亀、草花などのモチーフを黄、青、紫、緑などの鮮やかな釉薬発色で表現しています。
また翠嵐がはじめて交趾焼で茶碗を作りました。茶碗に様々な色合いが加わり、より茶道の世界が華やかになったといえるでしょう。金銀彩を焼付ける技法やセラミック等の新たな素材との融合など新しい作品も生み出しています。
その2:鮮やかな色合い
現代的な色調の中に、古くから伝わる技法・新たな技法が融合され、素晴らしい作品に仕上がっています。交趾焼はもともと緑・黄・紫の色合いのみでしたが翠嵐は独自に色を調合し、青や浅黄など色を開発しました。
草花波文の繊細な線と大胆な大輪の花は、雅で上品な雰囲気があります。
その3:一陳盛り
一陳盛りとは盛り釉薬のことで、泥を重ねて立体感を出し更に線を重ねて細やかな模様を創り出していく技法です。これは横から描かれた色絵を見ると立体感があり凸凹しています。