【広島店:掛軸買取】伊藤小坡 彩色
伊藤小坡の生い立ち
さて、今回は優しく慈愛に満ちた暖かい作品を多く残した女流画家・伊藤小坡について書いていきたいと思います。
伊藤小坡は明治10年、伊勢にある神社の宮司の長女として生まれます。風俗や歴史、物語を題材にして、女性として、そして妻・母としての視点から描かれる暖かい作品を多く残しました。
18歳の時に四条派の流れを組む画家、磯部百鱗に絵画の手ほどきを受け、21歳の時に京都に出ると森川曽文に師事し、そこで本格的に四条派の正統を学びました。
四条派とは京都画壇で強い勢力を誇っていた派閥で、画や俳句を学んだ与謝蕪村や松村呉春から広まりました。門下には小坡の師であった森川曽文や谷口香嶠、竹内栖鳳、幸野楳嶺、西山翠嶂、堂本印象など数多くの有名画家がいます。
四条派は円山四条派とも呼ばれることがあるように、円山応挙と交流のあった呉春が、写実的な中にも親しみと情緒を取り入れた作風が特徴です。
大正4年に第9回文部省美術展覧会にて作品が三等賞を受賞した小坡は、大正6年には貞明皇后(大正天皇の皇后)の前で揮毫(きごう。毛筆で字や絵を描くこと)を行うなどして、上村松園に次ぐ女性画家として一躍脚光を浴びました。また、一人の女性としても、同じ門下だった伊藤鷺城と結婚し、三人の娘に恵まれて充実した生活を送ります。
大正10年に開かれた第3回帝国美術展覧会では、従来のテーマと大きく変わる中国戯曲の名作「琵琶記」を発表し、画家としての新地を切り開いています。この作品は翌年に開催された日仏交換美術展にも出品され、フランス政府に寄贈されています。現在はパリのポンピドゥーセンターに所蔵されているとのことです。皆さんもパリを訪れた際には、海外で見る日本の芸術を見に、足を運んでみてはいかがでしょうか。
伊藤小坡の画風は大正と昭和で二つに大別できますが、最も影響を与えたのは彼女も尊敬していた竹内栖鳳といわれています。
柔らかい線描、淡い色調で写実的に描いている大正期、細く硬い無駄のない線描と豊かな色彩で描いた昭和期。どちらの時代の作品も、伊藤小坡という女性だこらこそ描ける女の愛情、美しさ、まなざし、心の中に潜む強い意志、それらを一貫して描いているのが魅力の作家さんなのではないでしょうか。
さいごに