マイセン・フィギュアの魅力
「マイセン フィギュア」について
マイセンといえば食器をイメージされる方が多いのではないでしょうか。美しい食器は実用・観賞用どちらとしても使えるため、世界中で人気があります。
しかしマイセンは食器だけでなく人や動物といったモチーフのフィギュアも数多く手がけ、その魅力の虜になる人々も少なくありません。
今回はマイセンのフィギュアの魅力について、マイセンの歴史や重要人物なども含めてお話したいと思います。
マイセンの誕生
西洋で磁器が誕生する10世紀も前のこと、中国ではすでに良質な白磁が作られていました。13世紀~17世紀、元・明時代になると、華やかな染付けが施された磁器が東インド会社との活発な貿易によりヨーロッパ諸国に次々と紹介されました。当時ヨーロッパではイタリアから始まったバロック文化の流行が華々しく広まっており、それに同調するかのように現れた豪奢で美しい磁器製品は人々の心を掴みました。
貴族や君主たちはこぞって東洋陶磁器を収集することでその富や権力を保持し、さらには自分たちの手で美しい陶磁器を作りたいという思いを抱くようになりました。
特にザクセン選帝侯フリードリヒ・アウグスト強王は磁器製品へ強く傾倒し、錬金術師を幽閉してまで白磁製法の解明を求めました。その成果として1709年に「良質な白い磁器」の完成が報告され、1710年には立地条件の良いマイセンに工場が設立されました。これがマイセン窯の誕生です。
ケンドラー
マイセンについてお話する上で欠かすことのできない人物がいます。それはヨハン・ヨアヒム・ケンドラーという造形彫刻家。彼は元々宮殿の拡張工事の仕事場で活躍していて、アウグスト強王にその才能を見出されマイセン工場に抜擢されました。磁器の成形・とりわけ動物や礼拝堂用の使途像などのフィギュアの制作を任されたケンドラーは、磁器という新しい素材の本質を見抜くことに長け、当時模範とされていた東洋磁器に縛られることなく独自のアイデアで磁器成形を行いました。ケンドラーはマイセンの造形の基礎を作り上げることに成功したのです。
このとき、時代はロココ全盛期。ケンドラーもパリを訪れるといっそうロココに傾倒し、優美で軽やかな作品を手がけるようになります。
マイセン・ロココとフィギュア
ケンドラーは磁器の世界におけるロココ様式の先駆者として、人間はもちろん猿や馬など動物をモチーフにした多種多様なフィギュアを多く制作しました。
なめらかな白い肌に浮き立つ頬の紅さや、軽快な音楽に合わせて今にも揺れ動き出しそうなドレスの裾…優雅な音色を奏でる猿たちの楽しげな表情…。
音楽や踊りに興じる恋人たちや猿たちの姿を切り取ったフィギュアは、マイセン・ロココを代表する主要なテーマとして今でも大変人気があります。どのフィギュアもロココの特質を表した言葉「繊細優美」、まさにそのもので、およそ300年経った現代でも色褪せることなくその輝きを放っています。表情や服の模様、躍動感などひとつとして同じものはありません。そこに込められている作り手の想いをより感じられるという点に、マイセンのフィギュアの魅力は詰まっているのです。
査定について
マイセンのフィギュアはひとつひとつ丁寧に作られていますが時代を渡りゆくうちにどうしても破損してしまうものです。特に手足や装飾品の先端部分なんかは特にとれてなくなっていることが多いです。
保管する際は、そういった部分を保護してしまってくださいね
私達は次のお客様の為にも細かい部分を拝見させて頂いております。もちろんマイナスな部分だけではなく、お品物の良い所も見てみますのでご安心下さい。